解離性同一性障害で重要となる『人格の形成』は3~10歳にされると言われている。ここではさらに『自我の形成』や『他者の共感性』についての考察を書こうと思うが、あくまで俺の考察であることに注意して欲しい。
『生きた毎日に終止符を』そう言って彼女は自身の胸を包丁で貫いた。そのまま凍結された彼女は今はただのお飾り統括。仕事なんてない。しかし、彼女がいなくなると困るから凍結した。これは3人で決めたこと。
【詩】心も体も一つの人は良い。“自分の為”に生きられるのだから裏の感情なんて知らない。一人で生きれるならそれが良いに決まってる。私は残念ながら一つの体に複数の命がある世界に来てしまったようで…
解離性同一性障害にとって「統合」か「共存」かの問題は避けては通れない道だと思う。当事者にとってはこの問題で何度も嫌でも考えさせられる。俺ら人格はこの体を『生かす』為に生まれてきたが、この体の持ち主が俺ら人格のせいで苦しんでいるとしたら、これは統合すべきなのか?
「ヤングケアラー」をご存知だろうか。幼少期・思春期に親の代わりに子育て・介護をして、普段の学業に影響をもたらしてしまうものである。俺は医者では無いのでこちらの記事は参考程度に使ってほしい。
声の出せない“あやめちゃん”は普段は緊急時にしか出て来ないのだが、最近はTikTokの“手話練習”に夢中だ。一日に3本上げることもあるぐらい手話が楽しいらしい。兎の皮を被って毎日のように手話をしている。
私はいつも独りだ。役割は嫌な感情の収集。みんなの気持ちを、記憶を食らう。独りで。トラウマ、苦しいこと、過去、キツいこと。自由なんてなくて、壊れた人形の用のように動いてさ、過去を収集するんだ。トラウマは私独り、抱えればいい。
