カテゴリー: 京華の呟き

自己分析の中で精神科のカウンセリングを受けて、私、京華が暴露療法をしたの。そこでわかった事が、私達「再構成日記」が高度な社会で成り立つ「解離性同一性障害」だと言うこと。そして、私、京華は感情分岐であった事の事実を受け入れられた事。

ついこの前の話。朝から起きれなかった。記憶が曖昧なのだけど、朝の薬は飲まされたのか飲んだのか。飲んだ事は確か。でも、眠気が取れず、目を瞑れば夢に吸い込まれそうだった。

暑くなって夜でも扇風機が必要になってきたこの頃。私は1人、本を読む事を義務付けられていたのを思い出したわ。懐かしき、小学校低学年の話。

やらねばならない事をやるだけの簡単な作業。しかし、それにはやる気とかの気持ちに、動くという動作が必要になる。ましてや続けるなんて、根気がとことん必要になってくるわ。そんな根気。

インターネットという人類の叡智は私に一時も安堵の時間もくれない。どんなに時間が経っても、削除しても、インターネットという電子の波に刻まれ続けてしまう。インターネットタトゥーとはよく言ったものね。

水面に映る女が笑った。それを私は見ていた。彼女の手首には無数の傷が。それを彼女は誇らしげに私に見せた。痛々しい傷。滴る血。手当をしたい。でないとこの人は——。

私たちの人格には「困ったこと、苦しいこと」があると寝たり薬を飲んで死のうとしてみたりする子がいるのだけど、この子がね、全ての逃げる方法を塞がれると新たな人格を生み出してしまうのよ。寝ようにも起こされる。薬の大量服薬をしようにもまた止められる。ではこの子はどうやって逃げるつもりなのかしら?

過去を思い出し、私はその過去を追体験することになってしまった。所謂、フラッシュバックね。毎晩毎晩、夢はその夢ばかり。小学校1年生のあの春ばかり。周りから好奇な目で見られることばかりだったあの時を決して忘れたりはしないわ。

私は自分の過去を知らずに、他の子の過去を見続けてきた。それを忘れない様に文にして来たのだけど、まさか自分の過去をこんな形で知る事になるなんて、思いましなかったわ。自分の過去は私はずっと、“金子みすゞさんの詩集”からだと信じてきた。他の子の過去を知る度になんか違うのかも知れないとも思って来たけど、それでも私の過去はこの時のことだと信じて疑わなかった。