病気に慣れる
病気の自分に慣れる
こんにちは。私は解離性同一性障害を患っている、小鳥遊京華と申します。一般的には多重人格として知られています。こうやって書いている私も、人格の一人です。しかし、私たちは、寛解に向けて行動をしていました。統合ではなく、共存で、薬を少しずつ無くし、ゆっくりとトラウマへ立ち向かっていました。今回はそんな私たちが実際にあった体験談をお話ししようかと思います。
2024年夏、私たちは二週間記憶が飛び、その間、自傷行為を何回も繰り返していました。しかし、このことを、私や夫、周囲にいる主治医や訪問看護の方も、『入院して休養したほうがいい』とは考えていませんでした。
普段の私たちからみて、冷静に考えるとあり得ないことだと思います。二週間分記憶が飛んで、その間自傷行為をして、救急で何度も縫ってもらっていた。精神が弱っていて、苦しい、もう無理っとなっているサインが出ていました。
しかし、今回、入院となるまでに時間がかかりました。理由は、私たちが『簡単に記憶が飛ぶ病気』だからです。記憶が飛ぶことが日常化しすぎていて、それが心の悲鳴だとは思えなかったのです。患者がこんな脳天気にしているので、主治医も訪問看護の方も『ああ、いつものことね』で済んでしまいました。私たちは病状に《慣れ》てしまっていたのです。では、自傷行為の方はどうかというと、これも慣れていました。私たちの腕は自傷痕でいっぱいです。それは幼少期からの『癖』みたいになってしまっています。だから、半年ぶりにした自傷行為も『いつものこと』で流されてしまっていました。医者は少し大丈夫か考えたらしいですが、結局、入院の話は出ませんでした。
そこから、私たちはついに、入院します。理由は腕を縫ってもらうときに、パニックになってしまい、いろいろなところに迷惑をかけたからです。その病院にたまたま主治医がいたから、事は大きくなりませんでしたが、本来なら措置入院という強制的に入院する事態になっていても不思議ではないぐらい、酷いパニックでした。その日は夫が休みを取ってくれ、事なきを終えましたが、こんなことが何度もあるようでは日常生活ができない、と、主治医も危機感を持ってくれたのでしょう。その場で入院の指示が飛びました。
《症状に慣れる》。この言葉はどの精神疾患にも有り得ると思っています。特に新しい治療がはじまった時に起こりやすいと思います。私たちもカウンセラーと『トラウマ治療』を始めたばかりでした。《よくあること》《いつものこと》と、長く闘病していると思ってしまいがちです。
しかし、一度、立ち止まって周りを見渡してみてください。不眠は《普通》ですか?自傷は《いつものこと》ですか?あるいは、拒食は《当たり前》ですか?意外と、病気は私たちの価値観を変えてしまいます。一度立ち止まる。これを読んでいる方へ。一度でいいので、『今の自分、前に進めているか?』立ち止まって周りを見渡してみて欲しい。大事なことが分かるかもしれないから。
小鳥遊 京華
