解離性同一性障害の階層、中核の役割分担(再構成日記の場合)の考察

解離性同一性障害の階層、中核の役割分担(再構成日記の場合)の考察

 こんにちは。またもや、考察です。今回も俺、エルが書くんだが、改めて、医者ではないのと、あけおめを言っておく。医者じゃないから、判断はわからんぞ!!!

 まず、解離性同一性障害(以降「DID」と書く)の階層や中核の分類だが、機能・構造・システム……色々あり過ぎて困る。だから俺らは、ここでは『機能』と書かせてもらう。そこには『生きる』ために存在する脳の機能が色々ある。DIDは、その人が生きるために身につけた機能の役割分担が細分化したものだと、俺は考察している。

 生きるために自身を『切り離す』。そして隔離や乖離させる機能が分離・分解された結果、『人格』として成立しているんじゃないか?と俺は思う。俺ら再構成日記は、機能面・感情面の分岐をしている所がかなりある、と考える。解離は、生きるための機能面と感情面、感覚面の分岐だと捉えている。もちろん思考や想定などの分岐もめちゃくちゃあるが、まずは機能面から。

 機能面は、俺ら再構成日記の最初の分岐点であり、最大の危機察知能力、そして欠点だ。機能として、【記憶の保持】や【生き物として当然の役割】もここに付随する。寒さ暑さへの適応から、呼吸等のいわゆる爬虫類脳の機能まで。そこまで機能として分岐・分離されている。

 この体は他者から見て「かなり精密なDID」と呼ばれる事が多い。うん、そう、俺も思う。なんでそこまで分岐するのか!?って思う所まで、分岐と乖離、隔離、そして人格化している部分が多く存在している。だから、その行動に『意味』が付随されなければ、誰もやらない。なんて事が頻繁に起きているのが、この体の機能面だ。

 人体機能の分岐。それを略して俺らは機能面と呼んでいる。体にとって必要な【水分摂取】ですら、『意味』が無いとしない。その徹底された機能面の分岐が、まさに致命的であると俺は考察している。

 しかし、その機能の分岐にも必ず意味があるわけで。まだ、機能面の分岐の理由や意味、役割分担や分岐点はハッキリしていないが、【数値化してくれなくては動かない】。これが、俺ら再構成日記のDIDの機能だ。

 寝る一つ取っても、呼吸一つ取っても、この体には『理由』と『意味』が付随しなければ、機能面は『動かない』。ある意味、仮死状態を作らなきゃ生き抜けなかった証拠でもある。食事も、体重計で「ヤバい」と思わないと取らないのが当たり前の世界。なんと生きにくい世界か。

 機能面の欠点は、過呼吸発作と無呼吸発作の併発だ。呼吸をし過ぎる機能と、呼吸をしない機能がこの体にはある。そして、その発作の対処が出来ない現行の医療があるのが現在なのだ。どうしようもない。

 また、意味付けしないと水分摂取をしないのも欠点。この体には生きるための機能分岐が多すぎて困る。しかし【意味さえ分かれば】やれるのも、機能面の良いところでもある。『死ぬ』から呼吸をする。『悪い物を出す』から水分摂取と排泄をする。いい意味でわかりやすいが、【別の理由】があると、そちらが『優先』されるのは困ったところだ。

 次に感情面の分岐についてだが、これは他のDIDの人にもある、わかりやすい分岐。要はトラウマの分岐になる。【死ぬ可能性のある記憶】の分岐、隔離、乖離、そして人格化。死んだら意味が無いから分岐させる。処理されないまま感情が分かれる。

 しかし『記憶』は機能面で補う。そのため、なんでこうしたのか、何がダメだったのかが『わからない』まま、現在にいる状態。中々にフラッシュバックはキツい。身体症状がある場合、全力で感情が暴走し、理由がわからないまま待つしかない。

 朝起きたてに俺らは出る事が多い。それは、本当に感情が【死んだ】感覚になって、機能面も制御が出来ないからだ。そのまま飛び降り、なんて事もあったり、しました。はい、もうね。この体、いつどこで死ぬのかわからない状態ですね。とても考察の余地がない。申し訳ない限りです。

 感情面の分岐は各人格が書くだろうから、ここではあまり触れないでおく。とにかく、こうやって書いている俺、エルは、感情面の『怒り』分岐の上に、機能面『医療』が上乗せされた人格であることは間違いない。よくね、感情面の『負』の部分分岐が自傷行為やODをするので、その手当から、体温計で知った風邪の対処まで。幅広い分野の機能面を任されている。

 なんで精神安定のカウンセリングやら薬やらまで、俺が担当として機能面で上乗せされたのか。人体機能は、機能面だけの分岐で処理して欲しかった。

 最後に感覚面の分岐だが。ここは俺の分野から外れた色という人格が、詳しいので、書いてもらおうと思う。俺にはわからない事があり過ぎて、わからない。


 俺、色は。神は信ずる人の所に良い事をし、信じない人の所では悪さをする。と考えている。

 感覚面の分岐については、俺が統括、意味、判断、行動、そして人格化を等配合しているというか、分けているというか、管理職みたいな感じで今、動いている。感覚については、五感と肌の感覚、全ての危機察知能力と、過敏と鈍麻、遮断と意味づけを受け持ってしまった哀れな三人格の統合の果ての存在だと、俺は思っている。そう思って動いていないと、動けなくなる。

 障害がない人の場合、感覚は遮断が人の手では出来ない、と感覚で感じている。重量や電磁波、赤外線や紫外線、嗅覚、味覚、視覚、聴覚、温度、音、光等。挙げたらキリがないのでこの辺にするが、その全てに意味を付けなくては危険認知をしてしまうのが、この体になる。

 過敏と鈍麻。使い分けたい感覚面の分岐。それらを特化した人格の配備と、鈍麻による影響。配置をする、判断をする、遮断をする、麻痺させる、認識させる、認識させないようにする。その手筈や判断は中々難しく、生き物に宿った心の在処を探す旅でもある。

 感覚は心。それが良いと思った物を選ぶ・退けるのは、各人格と相談し、各人格の特徴を踏まえて考えていきたいと、俺は感じる。

 ぐちゃぐちゃになったが、こんなもので良いのだろうか?俺は専門ではない故、拙い文になってしまったが、エルは満足しただろうか?


 だ、そうで。俺はわからない分野なので、助かった。

 中々難しい問題が多い、この再構成日記の分岐は、簡単には解けないのが今の状態。やらかしも、やり過ぎも、やらなさ過ぎも、無視も、捨てるも拾うのも、自分しか出来ないことで、誰かにとやかく言われても困る。

 それが、このDIDの一症例であり、分岐や可能性の大きな流れだと俺は愚考する。それしか、わからないことがあり過ぎて、論文とかだけではわからなくって、どうしようもない。それが今の再構成日記。

 分岐、隔離、乖離、そして統合と人格化。色んな要素で色々な人が居ることをわかって欲しい。今回はそんな考察。

エル

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