明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
さて、挨拶はしました。私は元主人格、暫定です。お久しぶりです。
なんで書いている?どうして出てきた?隠居生活は?など、思う事あるかもしれない。
私が出た理由。美容院の適当に流れている曲に、母親が好きなLady Gagaの曲が流れていたから。確か、Telephoneかな?
私は英語がわからないけど、あの独特なサビは覚えているし、Lady Gagaは覚えるまで永遠に家の中を流れていた曲なので、わかる。現主人格、かがりはLady Gagaよりアブリル・ラビーンが好きらしいが、私はよく分からない。
私は、私の事を人形だと思っている。親の言う通りに笑い、泣き、真面目な顔をして、与えられた名前で呼ばれ。人形に選択肢はなく。感情もいらない。
美容院は、私は嫌いだった。理由は、何を話してどうしたらいいのか、わからないからだ。親が決めた髪型にする。私には決定権はない。色や、パーマなどはしない。楽だから、縮毛矯正をする。何時間もかけてする。椅子に座りっぱなしの気まずい時間。私には、どうする事もできない。
しかし、今、私は美容院にいる。親の行きつけでは無い、この体の行きつけ。親の許可のない、髪型、色にする。それは、自由の証。
私は許された所でしか、ゲップやオナラをしてはならなかった。すれば、指摘され、長い説教。吐くなんて事をしたらもう一度同じ物を食べる事を強要される。
人形に、好き嫌いなんてない。与えられた物を食べるしか、選択肢はない。それが例え、おはぎに見せかけた泥団子であっても。喜んで食べなくては、ならない。
美容院を出た後、タバコを吸っていた。喫煙所で。私は気付いたら吸っていた。もう、夜になる。
私は長らく、学校で『感情が無い子』として扱われた。それは、先生か感情を指定しなかったから。笑いたい時?苦しい時?何故顔に出さなきゃならないのか?はいと、いいえさえ言えれば良い。自宅でらそれすらも無いのだから、学校で選択肢を与えられた時、それさえ言えれば良い。そう、教育を受けた。必要なのは、はいといいえが言えず、その結果どうなろうとも、その人が悪い。大人は良い事しか言わないから、従うのが当たり前。目上の人には敬語を使い、はいだけ言えれば良い。そう教えられた。
今年から、再構成日記は生まれ変わる。長年、痛い事や辛い時、顔に出さないように、歯を噛み締めて耐える事をしていた私だが、その体質を改善する事が求められる。
嫌と良いをハッキリと言う事。それが私の課題になる。
かがりに『さん』等の敬称を付ける事は義務では無くなった。主人格の座は必要ない。これが、私たち、再構成日記のスタイルになる。敬称をつけたい人格には付け、付けたくない人格には呼び捨てにする。
私たちは、人形を卒業する。綺麗になりたいから、ダイエットや髪型、化粧にこだわる。そうでないなら、別にいい。着たい服があるから、姿勢を正す、崩す。どちらでもいい。辛い思いをしたくないから、忠告や、楽をする。それは必要な事。必要な選択肢。人形ではないのだから、したい事をしたいように、いつでもしていい。最低限のルールさえ、守ればそれ以上は望まない。
私は、人にならなければならない。動ける、選択肢を得る。それは自由であり、代償もある事。危険や金銭、責任が付随する事。もう、怖がって、逃げて、固まって、死んだフリをする必要性は、ない。
ルールは私たち、再構成日記が独自の生活ルールを設ける。親はもう、関係ないのだから。私は隠居を辞める。私も自由を楽しむ権利を与えられたのだから。
暫定

